“東洋のマチュピチュ”と呼ばれる天空の町・別子銅山跡を訪ねる旅

別子銅山跡地・東平エリア
別子銅山跡地・東平エリア

かつて世界有数の産銅量を誇った別子銅山は、標高750mの山中にたたずむその様子から「東洋のマチュピチュ」と呼ばれています。一時は別子鉱山の採鉱本部が置かれ、1万人以上が暮らし、賑わいを見せました。 昭和48年 (1973年) に別子銅山が閉山した後、その跡地の一部に産業遺産を活かしたテーマパークが作られました。今回は別子銅山跡を訪ねる旅をご紹介します。

天空の産業遺産「別子銅山」(愛媛県)

別子銅山 東平ゾーン 索道停車場跡
別子銅山 東平ゾーン 索道停車場跡

別子銅山は、愛媛県新居浜市の山麓部にあり、かつては栃木県の足尾銅山、茨城県の日立銅山と並んで日本を代表する銅山でした。元禄3年(1690年)別子銅山発見から、昭和48年(1973年)閉山にいたる約280年間に約70万トンにも及ぶ銅を産出し、日本の近代化に大きく寄与しました。今も残る別子銅山の遺産の数々は、標高750メートルの山中にあって、独特な存在感を放っています。15世紀、南米大陸のアンデス山麓に存在したインカ帝国の空中都市マチュピチュに因み「東洋のマチュピチュ」とも呼ばれています。

別子銅山 マイントピア別子(端出場ゾーン)
別子銅山 マイントピア別子(端出場ゾーン)

現在、別子銅山の跡地の一部は、テーマパーク「マイントピア別子」として整備されています。300年前の採鉱活動現場がテーマパーク化されたもので、新居浜市内中心部から車で約15分の「端出場(はでば)ゾーン」と、さらに山道を上った「東平(とうなる)ゾーン」からなります。

別子銅山 旧水力発電所(端出場ゾーン)
別子銅山 旧水力発電所(端出場ゾーン)

マチュピチュを思わせる天空の歴史遺産スポットとして注目される東平は、大正から昭和にかけ、銅山の活動と生活の拠点になった地域で、地中奥深くから掘り出した鉱石を坑内電車で運搬、東平で選りすぐって貯蔵し、索道を通じて端出場へと運んでいました。

別子銅山 東平ゾーン 貯鉱庫跡
別子銅山 東平ゾーン 貯鉱庫跡

明治26年(1893年)には鉱山鉄道が開通、別子銅山からは純度の高い黄銅鉱や黄鉄鉱が産出され、含有量も多く質の高い鉱石が豊富に採れました。東平地域は銅山の発展とともに成長、採掘から精錬に関連し、化学工業や機械工業なども発達しました。長い時を経た関連鉱業遺跡は、その次代ごとの名残を今に伝える貴重な産業遺構群となっています。

なかでも採鉱本部が置かれた東平には、昭和43年(1968年)まで労働者の社宅や小学校、劇場、娯楽施設、接待館などが建てられました。本部やインクライン、貯鉱庫の跡、索道停車場跡、変電所跡、火薬庫跡、通洞やマンプと呼ばれるトンネルなどがあり、これらのスポットをめぐる観光バスも運行しています。 鉱山の町として賑わった東平の往時の生活がうかがえる「東平歴史資料館」もあります。

マイントピア別子 鉱山鉄道
マイントピア別子 鉱山鉄道

遺構をめぐるだけでも、非日常の感動を味わえますが、テーマパークとなった「マイントピア別子」では、当時の蒸気機関車を模して復元された鉱山鉄道に乗車できます。旧火薬庫を利用して作られた観光坑道では、江戸時代から近代までの別子銅山の様子を見学できます。砂金採りや、銅山での作業体験コーナーもあります。レストラン、お茶屋、露天風呂や地下銅山をイメージした空間でくつろげる岩盤浴設備をそろえた「別子温泉~天空の湯~」もあり、丸1日楽しめます。

マイントピア別子
所在地
愛媛県新居浜市立川707-3
休業日
年中無休 ※2月に設備点検休業あり
利用料金
営業時間
詳しくは「マイントピア別子」のホームページでご確認ください。

※このページは株式会社たびゲーターが運営する旅行情報サイト「トラベルバリュー」に公開されている、2018年11月末時点の情報を掲載しています。
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